『意味による癒し』
ロゴセラピーの技法：自己を苦笑し､自分を忘れる
梶川哲司／和歌山県立向陽高校教諭・ＯＷＬ仕事研究会世話人
今回は新しく翻訳された『意味による癒し』(春秋社、2004年)を読んでみたい。この本は、前回まで読んだ『意味への意志』の続編にあたり、ロゴセラピーの実践例を主とした講演が収められている。
まず第１章「意味による癒し」は、英語版『夜と霧』の解説部分(ロゴセラピーについて)の日本語訳である。フランクルの思想の概略が自身の言葉で大変分かりやすく語られており、この書の総括的な部分である。
次に第２章～第４章は、ロゴセラピーの適用事例が挙げられる。ロゴセラピーの特徴的な技法は、人間の持つ「自己距離化」という能力を使った「逆説志向」と、「自己超越」という能力を使った「脱反省」であり、これらを適用した神経症の治療の実際が紹介される。
ここでは単に技法の説明だけでなく、フランクルが人間存在をどのように理解しているか知ることができ、筆者の関心もそこにある。何度も述べたことであるが、フランクルは人間を［身体－心－精神］という次元論的に捉え、「世界内に入って行為する」すなわち世界に開かれた存在であるとする。つまり精神の働きを使って自己を距離化し、あるいは自分を超えた世界に超越することができる存在だと見ている。
一方、その治療の対象となる心の病の本質も、フランクルは独自な形で把握する。例えば神経症の本質を「予期不安の悪循環」、すなわち不安を増幅する「回路」そのものにあると見る。これは『星の王子さま』に登場する「呑み助」の話を思い起こさせる。呑み助は「なぜ酒なんか飲むのか」という王子の質問に、「恥ずかしいのを忘れるために飲むのさ」と答える。では「何が恥ずかしいのか」と聞けば、「酒を飲むことが恥ずかしいからだ」と答えている。つまりこれと同じように神経症では、「不安になるかもしれない」という不安への予期が様々な症状（無意味な行為の繰り返しや不安感の増大）をつくるのである。したがってロゴセラピーはこの回路の切断こそが治療であるという立場をとる。
ここで「逆説志向」とは“自己を苦笑”しつつ、さらに「患者が恐れているその当のことを望み、それを決断しようとすること」である。本書には多くの実例が紹介されているが、最も興味深いのは（注）にある９歳の子供の「おねしょ」の例である。なだめても叱っても無視しても全く効果がなかったその子に、「おねしょをする度に５セントあげよう」と約束すれば治ったというのである(P113)。
一方、「脱反省」とは自分以外の事や者に没頭して“自分自身を忘れる”ことである。そもそも人間は、「自分自身を超えて、もはや自分ではない何かある事またはある人に向けられている存在」であり、「充たされるべき意味を求めている」存在である(P74)。そして「意味に到達するには３つのメインストリートがある」という。すなわち①何らかの作品を創造すること、②何かある物や誰かある者を体験すること、③運命へ直面する態度により自分自身が成長すること、である。
ところで神経症とは「過剰な自己観察」の只中にあり、人間が「世界なきモナドもしくは閉じたシステム」となった状態である。しかし本来人間は、「行為すべき理由となる意味」と「愛すべき人格である他の人間たち」で充ちた世界に入って行く存在である。こうして自分自身を忘れて、「自分自身を何か、誰かにささげる」ことにより神経症を治癒に導くのが「脱反省」という技法である。
第５章「ロゴセラピーの有効性」は、フランクルの後継者ともいうべきＥ･Ｓ･ルーカス氏(南ドイツ・ロゴセラピー研究所主宰)による実践例を交えた論文の邦訳である。
彼女は1969年にウイーン近郊で、1000人を対象にアンケート調査をした。調査では「あなたが生きていることに意味があると思えるような、何か個人的に価値のあることがおありでしょうか。もしあれば、短い言葉であなたの人生の意味を表現していただけますか」と質問したのである。その結果、対象者の51.5％が質問に肯定的に答えたが、11.9％がなんら意味を見出しておらず、また11.7％が現在、意味を探しているところであった。さらに12.7％はこのテーマについて話したくないと答え、3.0％の人はこの質問を真面目に受け取ることをせず、9.2％の人はその場から逃げていった。
調査結果の詳細な分析は本書に譲るが、ルーカス氏はさらに回答のなかにある「価値のあること」をロゴセラピーに沿って分類すれば、創造活動：体験：態度の比率は２：１：１となると試算する。すなわち人間の生きがいは、外的事象(創造活動)と内的事象(体験・態度)にちょうど二分されるのである。
さらにルーカス氏は別の興味深い調査結果も紹介している。これは一般的な市民285人と精神・神経科入院患者55人を対象に実施したもので、「自分の人生を成功であったか、そうでなかったか」「自分の人生で意味が充足されたか、そうでなかったか」という２つの質問である。結果、一般人集団は、成功：失敗＝２：１、充足：絶望＝３：１であった。また患者集団では、成功：失敗＝１：２、充足：絶望＝１：１であった。すなわち「意味充足と成功経験は決して並行しない」のである。むしろ「失敗にも関わらず人生に意味充足感を抱く人」があることが分かる。この回答は右図(略)に整理することができる。絶望タイプには［失敗して絶望］と［成功にもかかわらず絶望］の２類型がある。しかし前者は、“正しく苦悩する”ことにより「失敗にもかかわらず意味充足」ゾーンに移ることができる。また後者は、“他者のために生きる”ことにより「成功して意味充足」ゾーンに入ることができる。このことを援助するのがロゴセラピーの役目である。
かじかわ・てつじ
1951年和歌山市生まれ。大阪市立大学法学部卒業。
｢人はなぜ働くのか｣という疑問を自分の課題にしながら、公立高校の社会(地歴・公民)科
教員を25年余。ナチス強制収容所の体験を綴った『夜と霧』の著者・フランクルに共感し、
現在、その思想を多角的に学んでいる。
著書：山田邦男編『フランクルを学ぶ人のために』(分担執筆、2002年5月世界思想社)
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