『意味への意志』

   人間とは意味を求める存在である

                梶川哲司／和歌山県立向陽高校教諭・ＯＷＬ仕事研究会世話人

　前回は『識られざる神』(みすず書房)の後半部「ロゴスと実存」を、新しい訳(『意味への意志』春秋社)と読み比べてみた。今回からはこの『意味への意志』という著作を改めて読んでみたい。この本には、表題の「�T意味への意志」と「�U時間と責任」、それに前回読んだ「�Vロゴスと実存」、また「�W科学の多元論と人間の統一性」の４編の論文が収録されている。今回は書名となった「�T意味への意志」を読んでみる。
　すでに同じ書名の邦訳があるが（ブレーン出版、大沢博志訳。こちらは「ロゴセラピーの基礎と応用」というサブタイトルがついており、1966年の大学夏期講座の講義録でフランクルの思想が体系的かつ平易に述べられている）、それとは全く別の著作である。この論文は、1970年にアメリカ・シカゴのロヨラ大学での“無意味さ‐精神医学への挑戦”という題の講演録である。全体で50ページ余りであるがフランクル思想のエッセンスがよくまとめられているうえ、大変分かりやすい訳である。以下、筆者なりの要約である。

　現代(1970年の話)における精神状況の特徴は、「無意味感」に悩む実存的空虚の蔓延である。このことは別の面からいえば、人間が持っている「意味への意志」が「欲求不満」を起こしているとも言える。フランクルは別のところで、「渇きを覚えるのは水がある証拠」だと言っているが、これと同じ論理で、人間には意味を実現したいという欲求があるからこそ無意味感に悩むのだという。そしてこの無意味感がつのれば、自己解釈や自己実現への過度なこだわりを招く。このことを、獲物を外したブーメランが狩人の手元(＝自己)に戻ってくるという譬で説明する。しかし大切なのは、「人間は結局のところ意味を満たす−自己自身の内においてではなく、自己の外、世界において意味を充たす−その程度に応じてのみ自己を実現することができる」ということである。すなわち自己実現は「自己超越の副次的結果」であり、「自己自身でない…何かあるものや誰かある人、すなわち満たされるべき意味や自己が出会う(べき)人間存在に自己を指し向けるという根本事実」である(P14)。
　現代人の無意味感への悩み(実存的欲求不満)は、それが昂じれば「精神因性ノイローゼ」という神経症となるが、各種調査によれば神経症状の約２割がこれに相当する。この種の神経症の原因となる無意味感をチェックするために、ロゴセラピー・テストが開発されている。
　ところでフランクルの強調する「意味」は、主観的な「意味感」とは違う。意味感とはＬＳＤの服用などにより簡単に生じるものであるが、意味とは「客観的なもの」である。すなわち人間の置かれている状況には、その人が感知できる要請的な性格が内在している。この「状況の要求」が客観性を保障するのである。そしてこれを感知する能力が「良心」である。ゆえに「良心は意味器官」ともいえる。したがって意味とは何か要請(使命)的な性格があり、同時に道徳的でもあるはずである。客観性・使命性・道徳性といった観点から「意味」は考察されなければならない(このような観点からテロ行為の「意味」性が判断されるべきであろう)。
　また意味は「付与」されたり教えられたりするものではなく、自らが「見出す」性格のものである。したがって教育の場においては、単に知識の伝達だけではなく「良心の洗練」すなわち状況に内在する自らへの要請を聴き取る能力を磨き、その要請を引き受ける責任存在となることへの教育が望まれる。情報過剰の現代において、むしろ重要でない、本質的でない、意味のない刺激や情報が多くあるということが教えられるべきである。また教師も含め、人生に意味を見出す手助けをする立場にある人間にとっては、クライエントに「(自らの)まるごとの存在という実例」を提示する必要がある。人生の究極的な意味に対しては、「もはや知的な答えはあり得ず、ただ実存的な答えしかあり得ない」からである。
　最後に、意味を見出す仕方は三つある。何かを「創造」したり、何かを「体験」したり、自らの運命に対して取る「心構えと態度」である。このことはフランクルが繰り返し主張している、創造価値、体験価値、態度価値のことである。

　以上が大雑把な要約であるが、ここでフランクルは最後にもうひとひねりしている。では、我々は絶えず人生の意味を考え、意味を追い求めて生きていくべきなのだろうか。
　確かに彼は“人間は意味を求める存在である”と言う。しかし決して“意味を意志的に追求せよ”とは言っていない。皆さんもフランクルの思想の全体からみれば、そのような生の在り方には違和感を覚えるはずであろう。意味に“こだわり”、意図的に意味を“追求”し始める時に、我々はすでに“意味神経症”なるものに陥っている可能性がある。このことは、直接的に幸福を追求すれば幸福はむしろ遠ざかるという、あの“幸福のパラドックス”に似ている。本書の注にも、アイデンティティ(同一性・主体性)について、「われわれが、ある使命に献身することによって、自分のことを無視し忘れるとき、同一性がわれわれのふところに転がり込む」(P30)という表現がみられる。
　これらのことからフランクルは本書の最後に、「市井の人」をキーワードにしてこのような“意味神経症”とも言いうるものに対し、むしろ“意味を求めることを忘れて生きる”ということを教えているように私は読んだ(そしてこのことこそフランクルの独自性である)。
　すなわち、「素朴で平凡な『市井の人』」は、「意味を探し求めるだけではなく、三つ仕方で意味を見出しもする」。すなわち「言葉で表現することはできないとしても、…ある根源的な自己理解に基づいて、…彼にとって人生とは自らがその中へ入れ置かれている諸状況の連鎖であり、彼は、そのつどの状況に応じて適切に振る舞わねばならない」ことを心得ているというのである(P32)。
　人間の生の意味や生きがいというものは、掌のなかに“しっかりと握られるようなもの”ではなく、むしろ人によって“真実に生きられる場のようなもの”である。それゆえ人間は、意味を求める存在であると同時に具体的な状況においては、そのことを忘れて生きる存在でもある。

　かじかわ・てつじ
　1951年和歌山市生まれ。大阪市立大学法学部卒業。
　｢人はなぜ働くのか｣という疑問を自分の課題にしながら、公立高校の社会(地歴・公民)科
　教員を25年余。ナチス強制収容所の体験を綴った『夜と霧』の著者・フランクルに共感し、
　現在、その思想を多角的に学んでいる。
　著書：山田邦男編『フランクルを学ぶ人のために』(分担執筆、2002年5月世界思想社)

 『時間と責任』

 「穀物倉」という過去から「畑」という現在を見る

                梶川哲司／和歌山県立向陽高校教諭・ＯＷＬ仕事研究会世話人

　前々回からフランクル著『意味への意志』(春秋社)を読んでいる。今回はこの本のなかに収められている第二論文「時間と責任」を読んでみたい。この論文は５回にわたる連続講演(1947年)の記録が基になり、その後、加筆修正されたもので、ここにはフランクル独自の“時間論”が述べられており、翻訳・出版が長く待たれていた著作である。
　今回の出版では、訳注が本文に括弧で挿入され、読みやすいように配慮して翻訳されている。しかしドイツ哲学特有の言い回しもあり、初めて読む人は戸惑うであろう。
　例えばフランクルは人間の在り方について、「相在」(ゾーザイン＝運命的、事実的な存在様式)と「現存在」(ダーザイン＝実存的、意志的な存在様式。もともとハイデッカーの哲学用語)を区別する。したがって「現存在」とは人間本来の実存的な在り方を意味し、「現存在の意味」といえば人生の意味とか人生いかに生きるべきかという問を含むことになる。このような読み替えをしながら、以下、筆者なりの思い切った要約を述べてみたい。

�@「現存在の意味への問い」：
　第一講演の演題は「現存在の意味の問いの前に立つ心を病める人間」であった(原注)。すなわち、心を病んだ人間の発する「自分はどうあるべきか、どう生きるべきか」という人生の疑問に、医師としてはどのように答えるべきか、というのがこの章の内容である。
　これには次の３つのケースが考えられる。このような問いを発する精神病者にはまず生理学的治療が必要とされる。また神経症者であれば精神療法(カウンセリング)が必要であろう。しかし患者が健康な人間であれば、医師は従来のあり方を超えて、患者が自分自身の責任に基づいて人生の新たな精神的方向を見つけ直すように導く必要がある。これが実存分析であり、ロゴセラピーすなわち「医師による心の癒し」とよばれるものである(もちろんロゴセラピーはカウンセリングにも有効に利用される)。
　人間はいつも「責任」を引き受ける代わりに「言い訳」をする傾向がある(特に神経症者にこの傾向は強くみられる)。何か「運命的なこと」を持ち出してその背後に「自分の自由」を隠してしまうのである。自由とは「何かからの自由」(相在からの自由)であると同時に、「何かへの自由」(現存在への自由)でもある。当然ながら後者の自由には責任を負うことが伴う。つまり、自由とは責任を有することである。
　「現存在の意味への問い」(＝人生の意味に対する疑問)に対しては、人生の意味は人間の方から問うものではなく、むしろ人生が人間に問いかけており、我々は自らの人生に責任を持つことによってこれに答えることができる。責任性の自覚こそが人生の疑問を解くキーワードである。かくして人間とは「自由存在」でありかつ「責任存在」である。

�A「現存在の移ろいやすさ」：
　世の中すべては瞬く間に過ぎ去ってしまう。そのなかで責任を自覚しても意味があるのか。確かに現存在は移ろいやすい。しかし過ぎ去るのは可能性だけであり、負った責任は永遠に保存される。ここでフランクルは「砂時計」を使い時間について説明する。すなわち「未来」は落ちるのを待つ砂とすれば、「現在」はくびれた部分で砂が落ちる瞬間であり、「過去」は下に溜まった砂である。彼はこの過去という砂を「定着剤や保存剤」で固定されていると表現し、過去を楽観的に見る。すなわち現存在における責任は、瞬間的に過ぎ去ったとしても過去において完璧に保存される。これがフランクル独自の思想である。
　彼は「過去」を巧みな譬えで説明し、そのことにより「現在」を“挑発する時間”(諸富祥彦)と捉え、「現存在」において何を為すべきかを考えさせる。例えば過去とは、裏面にその日のしたことや体験をメモして剥がされた日めくりが保存されている様であり、あるいは収穫で一杯になった穀物倉庫であるという。フランクルはこのような過去へのまなざしから現存在の意味を考える。しかし一般には(たいていの実存哲学の帰結であるが)このようには過去を捉えられず、だんだん薄くなる日めくりを物憂げに眺め、切り株しか残っていない畑を見て嘆くのである(ただし神経症的人間は、剥がした日めくりや穀物倉に目を遣ったとしても、完璧主義ゆえ記載事項の少なさや倉が満杯になっていないことを嘆いてしまうのであるが…)。
　したがって「現存在の意味への問い」に対する答え(＝人間の生きる意味)とは、「過ぎ去りゆく価値実現の可能性をまさに現実化することに対する責任」だということができる。また世界とは、「解読すべき『草稿』(実存哲学者はそう見る)ではなく、我々がそこに書き込まなければならない『調書』」だと見ることができる。そして書き込んだものは永久に保存されるというのがフランクルの世界観である。
　パラパラと落ちゆく砂に我々が関わることによって−その関わり方は創造、体験、態度という３つがあるが−事柄に人間側の責任が付け加えられ、永遠性が付与されていく。これを彼は「救済」とよぶ。したがって「(世界の)あらゆるものは救済を待ちわびている」と表現するのである。

�B「実存は分析できるか」：
　「医師による心の癒し」である実存分析(ロゴセラピー)は、人間が自由な存在であり責任ある存在であることを自覚させることであったが、ここで人間の「現存在の意味」(＝実存)は自然科学的(＝分析的)に解明できるかを問うている。もちろん答えは否である。すなわち「厳密な自然科学的の視点から離れて、…初めて人間の現存在、つまり人間の本質を見ることができる」。つまり人格−精神の次元で医師は患者に関わるべきである。
　以上見たように、人間の「現存在の意味」とは結局、人生の課題性と言い換えることができる。しかし「自分の現存在を単なる課題としてではなく、…神から与えられた委託として体験する人間も存在する」。このようなタイプの人間を「宗教的人間」と呼ぶことができる。�C・�Dはこのような人間についての考察である。

　かじかわ・てつじ
　1951年和歌山市生まれ。大阪市立大学法学部卒業。
　｢人はなぜ働くのか｣という疑問を自分の課題にしながら、公立高校の社会(地歴・公民)科
　教員を25年余。ナチス強制収容所の体験を綴った『夜と霧』の著者・フランクルに共感し、
　現在、その思想を多角的に学んでいる。
　著書：山田邦男編『フランクルを学ぶ人のために』(分担執筆、2002年5月世界思想社)

 『時間と責任』

 　宗教体験とは知性の及ばない生の深さを知ることである

                梶川哲司／和歌山県立向陽高校教諭・ＯＷＬ仕事研究会世話人

　前回に引き続きフランクル著『時間と責任』を読んでみよう。フランクルは現存在の意味を人生の課題(使命)性に見出す。しかし自己の生を単なる課題としてでなく、神から「委託」されたものと見る人もある。彼はこのような人を、宗教性を有するという意味で宗教的人間と呼ぶ。ロゴセラピーが相手とする患者にはこのようなタイプの人もおり、彼らは最終的には信仰の回復という形で心が癒される。この書の後半(P90-122)は宗教的人間の考察であるが、同時にフランクル自身の宗教論も述べられており、興味深い。

�C「宗教的人間の実存分析」
　宗教的人間は神から委託された生を体験している。ここで神とは知性で“説明”できるもの(＝存在的)ではなく、その人の生きられる場のなかで、神を求める体験のなかで“理解”されるもの(＝存在論的)である。宗教的人間はまた、自己を単なる世界内の存在者としてではなく、「ある根源によって支えられた存在」として理解している。
　神の存在はすでに我々のうちにある志向性(＝無意識であっても良心により超越的な存在をめざしている傾向)が証している。このことをフランクルは「われ神を愛す、ゆえに神在り」と表現する。つまり“喉が渇くのは水がある証拠”と同じ論理で、我々が真実をもって完全なものをめざしている事自体、すでに神の存在を前提にしているのである。
　神の存在を別の観点から説明すれば、絵画における「遠近法の消尽点」に譬えることができる。絵の中の風景はそれぞれの事実を表したものではあるが、その外郭線は遠近法の適用により絵の外にある一つの定点に統一的に収斂していく。絵画には全く描かれていなくともこの一点は確かに存在し、とりわけ絵を描こうとする時には特に強く意識される。神とはそのような存在である。つまり画面に描かれた物を構成的にし、かつ絵画に統一性を与える超越的(＝画面からはみ出ている)な消尽点の如き存在である。

　宗教的人間はこのように存在する神を運命的な苦難において体験する。人は時として不条理で理不尽な現実−災害や犯罪の被害−に出会うことがある。その時、「なぜ私だけが被害に遭うのか」「この不幸に一体どんな意味があるのか」と厳しく問う。しかしこの問いのなかで彼は神を体験する。このことをフランクルは「海底の音響測深」に譬える。
　音波が海底に送られ、その反響が戻ってくる時間で深さを測るこの方法では、音波が無限に深い海溝に向かって「正しく発せられた」場合、反響が返ってこない。しかし応答がないからといって測定(＝問い)が間違っているわけでないし、また海底(＝神)の存在が否定されるわけでもない。神は確かに存在し、人生の意味への疑問も真っ当なことである。しかし答えは返ってこない…。にもかかわらずソナーを作動させ深さを測り続ける。そしてそのことによって海溝の深さ、すなわち知性のおよばない生の深さ(＝超意味)を実感し、それを受け入れていく…。これが宗教体験(＝神を体験すること)なのである。
　具体的には、フランクル自身は収容所で「わたしのこの苦しみにはどんな意味があるのだ、この犠牲に、こうしてじわじわと死んでいくことに、どんな意味があるのだ。」(池田訳『夜と霧』P66)と、不条理で理不尽な現実に幾千回となく煩悶した。しかし、やがて彼は自らの生を受け入れ(＝絶望しない)、「まっすぐな道を行くことを、あるいはそう言いたければ、運命のなすがままに任せることを、もうたっぷり学びました」と楽な場所への移送をあえて拒んだ事実があった(同P91)。これが宗教体験だと筆者は思う。このように宗教的人間とは、神と交わす無限の対話−返事の返ってこない対話は祈りというべきか−によって神を体験し、自らの生を受け容れるのである。
　宗教体験とは、「絶対的な背景に対する自己自身の不完全さと相対性の体験」であり、かつ「隠れた者、超越的な者の内に守られている」という「守護性の体験」(庇護感や信頼感)である。この体験は「大きないのちにふれる」(山田邦男)と表現することもできるが、宗教的人間の態度価値の形成には、このような宗教体験が不可欠である(と筆者は読んだ)。

　次にフランクルは、自らの宗教性を確保しながら無宗派でいることは可能かという問題を論じる。つまり特定宗派に属さないで宗教体験を得ることができるかと問うのである。ここで彼は宗教を言語に譬え、それはまるで世界各地にある自然な言語を人工言語に置き換えるのに等しいと否定する。すなわち「諸々の宗派は何らかの同一の根源的事実を意味している」が、「それにもかかわらず、宗派が多様であることは、人間にとって必然的なこと」であり、むしろ「一神教の宗派が、それぞれの信仰をもちながらどのように並存し…調和できるか」とに問を反転させるべきだという。そして彼自身は、「相互理解と寛容をもって、共通の究極者の究極的な共通性を自覚する」ことにより、一神教諸宗派が互いに結びつくことを理想とする。

�D「医師による心の癒し（＝ロゴセラピー）と聖職者による心の癒し（＝宗教）」
　以上見たように、宗教的人間の精神療法は最終的には宗教次元の心の癒しに帰着せざるをえない。しかしそうであれば彼らの心の癒しは聖職者の役目となり、医師やカウンセラーは不要となる。だが後者にも独自の役割がある。それは「超越への扉を塞がないように内在の部屋(＝宗教的人間の心)を整える」ことである。つまり宗教的人間が、自発性をもって(行きたければ)特定の宗派の元へ至ることができるようにすることである。具体例として、仕事能力の回復のためにロゴセラピーの治療を受けた女性患者が、夢分析を通して最終的には自らのキリスト教信仰を回復したという事例を紹介している。
　譬えれば、宗教的人間に対する「医師による心の癒し」とは、彼らを「終着駅(＝宗教)まで直通する接続を容易に見つけることができるような駅まで導く」ことである。これが聖職者(宗教)と医師(ロゴセラピー)の「協働」ということである。

　かじかわ・てつじ
　1951年和歌山市生まれ。大阪市立大学法学部卒業。
　｢人はなぜ働くのか｣という疑問を自分の課題にしながら、公立高校の社会(地歴・公民)科
　教員を25年余。ナチス強制収容所の体験を綴った『夜と霧』の著者・フランクルに共感し、
　現在、その思想を多角的に学んでいる。
　著書：山田邦男編『フランクルを学ぶ人のために』(分担執筆、2002年5月世界思想社)

 フランクルと宗教

                梶川哲司／和歌山県立向陽高校教諭・ＯＷＬ仕事研究会世話人

　前回はフランクル著『時間と責任』(『意味への意志』所収)の後半部を読んだ。フランクルはここで宗教性を有する人間の「心の癒し」を考察しつつ、一神教的な神への信仰とそれを保障する宗教(宗派)を様々な譬えで説明している。そしてロゴセラピーと宗教の間に一線を引き、聖職者との対比において医師・カウンセラーの役割を明確化している。
　なぜフランクルはここで宗教を論じたかといえば、ロゴセラピーの患者のなかに「宗教的人間」というべきタイプがあり、そのようなタイプの人間にとって、「運命的な限界状況に対しては宗教的な態度を取ること以上に、人間がその状況に打ち勝つことを可能にさせるものはほとんど他にはない」（同書P106）からである。すなわち宗教的人間の態度価値の形成には宗教体験が不可欠だというのである。これは強制収容所での自身の体験を踏まえての結論でもある。しかし読み取り様によっては、“ロゴセラピーは一神教のセールスマンか”とも思われる。今回はこのことについて考えてみたい。

　その前に、なぜ筆者が仕事研究会において宗教的なテーマにこだわるのか述べておきたい。それは自分自身の経験によるのであるが、大学を卒業し、公務員として役場に就職した頃、今まで自由であった自分の時間と意識が、仕事によって根こそぎ持ち去られてしまうような感覚に襲われた。こんなに圧倒的な力で自分に迫ってくる職業をどう取り扱ってよいのか、ずい分悩んだ。仕事に隷従するのか、それとも単なる手段と割り切ってしまうかという“働き方”についての悩みは−当時はそのような単純な捉え方しかできなかったのだが−いつしか「自分自身はどう生きるべきか」、「人間本来の“生の構造”はどうなっているのか」という疑問に発展していった。
　当時、周囲にはこのような疑問に答えてくれる人はもちろんのこと、口にする場すらなかった。職場では、「そんなこと、話題にしては駄目だ。明るく、楽しくやらないと…」と上司から言われた。一部の宣教的な宗教団体の提供する場を除いては、正面切ってこのような疑問を話し合う機会がなかったように思う。
　この点、事情は今も変わらない。日本の社会はこうした生の根源に関する疑問を、日常の労働や生活の場で真摯に問うことはせず、むしろ「クライ」というレッテルを貼り付けて封印し、宗教団体に丸投げしてきた感がある。オウム真理教事件はその象徴ではないか。確かに宗教界は、ゆるぎない世界観を基に人生の疑問については明快な答を用意している。しかし、まさにそうである故、我々は人生に疑問を感じても宗教団体の提供する場への参加にはためらいを感じるものである。そして自由な(一つの立場に固執せず)立場で理知的に考える場はないかと思う。まさにここに仕事研究会の存在意義(もちろんこればかりではないが)があるように筆者は独り思うのである。
　仕事の問題は生の在り方と大きく関わり、したがって人はどう生きるべきかとの考察と密接に関係してくる。そしてそれは当然、宗教的なテーマに繋がっていかざるを得ない。しかし筆者はこのようなテーマを、一旦宗教という立場を離れ、日常的な労働と生活の場から理知的に問いたいのである。

　フランクルに戻る。以下はフランクルの宗教論に関する筆者の自問自答である。

�@人間には“非宗教的”な人間と“宗教的”な人間の２種類あるのか。
　人間が「自らの現存在をどのように理解しているか」によって２つに分けられる(『意味への意志』P155)。すなわち非宗教的人間は「自らの現存在を単に使命として、…自分の責任への呼びかけとして体験している」。一方、宗教的人間は「それに付け加えて、使命を課す審判者をも体験」し、「その使命を神からの委託」と捉える。だから両者は対立的関係にあるのではなく、宗教的人間というのが「付加的」なのである。宗教的人間における「神」の位置は、非宗教的人間においては「人生」とか「超意味」とかよばれることになる。

�A「宗教的」とは「神を体験している」ということだが､具体的にどういうことか｡
　筆者の読み取りでは、「絶対的な背景に対する自己自身の不完全さと相対性の体験」、さらに「超越的な者の内に守られている」という「守護性の体験」をしていることである。これらの体験は神との無限の対話(祈り)によって得られる。したがって、神を人格の持った存在で、三人称で語るのではなく常に二人称で語りかける「根源的汝」として理解していることが必要である。また神は遠近法における消尽点のような存在であり、決して宇宙感覚に拡散させるような存在ではない。

�Bキリスト教伝統のあるヨーロッパでは「宗教的人間」という範疇は理解できるが､多神教的伝統のある日本ではどのような人間類型に該当するのか。
　ヨーロッパと日本の宗教事情は明らかに違う。しかし宗教を、自己の絶対者・超越者に対する相対性の認識と、彼による守護性の体験(庇護感)と捉えれば、「宗教的人間」もまた日本の伝統的な人間の在り方に近い。筆者は、フランクルの「宗教的人間」とは日本において、むしろキリスト教(特にプロテスタント)よりは伝統的な倫理観・価値観を未だ色濃く持っている人間に近いと思う。実際、ユダヤ教徒であるフランクルの宗教観には、キリスト教の独自性を表す“贖罪”の発想は見られず、むしろ“霊性”を強調している。したがって“罪”よりも“良心”を持った善なる人間観が印象的である。

�Cロゴセラピーは、宗教的人間には信仰の回復を、また非宗教的人間に対しては「人生教」「超意味教」のようなものを布教しようとしているのか。
　ロゴセラピーの活動は宗教の一歩手前にあるといえる。フランクルは、自己の現存在が人生の側から問われているという世界観のコペルニクス的転回を、また自己を取り巻く世界には意味が存在するなどと指摘し、“理性的な自己が絶対である”という世界観の変換を迫っている。どのように表現するかは別にしても、自己の生に根拠を与える超越的な次元を認めて生きることを主張していると筆者は思う。少なくともフランクルは、理性的自我の絶対化を放棄する地点に我々を連れ出そうとしていることだけは確かである。

　かじかわ・てつじ
　1951年和歌山市生まれ。大阪市立大学法学部卒業。
　｢人はなぜ働くのか｣という疑問を自分の課題にしながら、公立高校の社会(地歴・公民)科
　教員を25年余。ナチス強制収容所の体験を綴った『夜と霧』の著者・フランクルに共感し、
　現在、その思想を多角的に学んでいる。
　著書：山田邦男編『フランクルを学ぶ人のために』(分担執筆、2002年5月世界思想社)